魂を揺さぶるヨ!

ブログを通じて「魂を揺さぶり情熱を燃やせる何か」を探し人生を楽しみたいと考えている30代の男です。 アウトドア、インドア、なんでも好きです。哲学や心理学にも興味があります。

【人生を本気で生きる】惰性的に過ごして日々を無駄にしない為の考え方

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こんにちはユレオです。


みなさん15000という数字を見てどう思いますか?多いでしょうか、少ないでしょうか?


そもそも15000が「何の数字」なのかによって捉え方が変わりますが、この15000というのは私の死ぬまでの残り日数です。

 

とはいえ15000日目を迎えたら突然死ぬわけではなく、もしかしたら明日死ぬかもしれません。

 

これは私が日本人の平均寿命まで生きるとしたら、残りの余命は何日かというのを調べると、残りが約15000日しか生きれないということで、私の場合は余命が41年で、死亡推定日時が2059/10/19 午前4時となっています。

 

運よく平均寿命よりも長生きすることもあるでしょうが、余命が大きく減ることはあっても大きく増えることはありません。

 

この余命を調べるWebサービスがありましたのでご紹介させていただきます。

 

余命カウントダウンタイマー。死亡推定年/日時と残された時間/日数(余命)をリアルタイムに表示します。

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私はもうすでに人生の半分を過ごしたことになり、マラソンで言うと折り返し地点に来たことになります。

 

本日は自身の余命を知り、人生を本気で生きる為にはどうすれば良いかということについて考えてみたいと思います。

 

 

肉体的にも精神的にも健康的に人生を送りたい

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人は肉体的には生命活動を行っている限り「生きている」わけですが、精神面においてはその限りではなく、肉体的に病気が無くても精神的に「死んでいる」ということは起こりえます。

 

「死」というのは大きく分けで「肉体的な死」と「精神的な死」があり、「精神的な健康」を損ない、こじらせると自ら命を絶つような行動をとることもあります。

 

癌や糖尿病などと同様に、うつ病やアルツハイマー病といった精神面の病気も進行すれば、人生として「死」に近づくことを意味します。

 

そして「肉体的に不健康で過ごす」というのと同様に「精神的に不健康で過ごす」ということは十分有り得て、そう言った状況は充実した人生を送っているとは言えません。

 

生きるというのは「肉体的に生きていて、精神的にも生きている」状態が続くことを差し、どちらか片方でも弱ったり損なったりすると、それは健康的に生きていないことになります。

 

健康には定義がある

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生きていくためには肉体が健康であるというのは皆さんご理解いただけるかと思います。


同時に生きていくには精神的にも健康であることが必要ということは、皆さんうすうす気が付かれているはずですが、この事は現代社会においてあまり重要視されていません。

 

ところで健康には定義があるということをご存知でしょうか?


WHO(World Health Organization)は健康について以下のように定義しています。 

 

 "Health is a state of complete physical, mental and social well - being and not merely the absence of disease or infirmity."


『健康とは、完全に、身体、精神、及び社会的によい(安寧な)状態であることを意味し、単に病気ではないとか、虚弱でないということではない』

 

WHOとは1948年に設立された世界保健機関で、「すべての人々が可能な最高の健康水準に到達すること」を目的とする団体です。

 

WHOの定める健康の定義を少し分かりやすく書くと以下のようになります。

 

健康とは病気や虚弱ではなく身体の体力も高く、知的好奇心を養い適切な教育を受けており、社会的には豊かな人間関係があり、精神的にも安定している状態を指します。

 

人は子供時代は人間関係や精神的不安や悩みは少なく、知的好奇心も旺盛ですが、成長と共に不安や悩みを抱えるようになり、好奇心を失っていきます。

 

人は歳を重ねるごとに肉体と同様に精神面での健康状態が悪くなる傾向にあります。

 

そして肉体とは異なり、多くの方が精神的な健康状態の悪化を放置しがちです。

 

人は目に見える肉体の健康を重視しがちである

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人は目に見える怪我や病気の問題は「健康」のために治療を積極的に行いますが、目に見えない精神や問題、例えば人間関係などの社会的問題は「健康」のために治療しようとする方はごく少数です。

 

しかし「健康の定義」から考えれば肉体的な問題も精神的な問題もどちらも同列の扱いで、どちらかの問題を放置すれば健康ではなくなります。

 

それにも拘わらず、多くの人は精神や人間関係などの社会的問題を健康のために治療しようとすることはありません。

 

風邪を引けば大事をとって休みますが、健康のことを考えれば精神的な不安や悩みもこれと同じ扱いでいいはずです。

 

肉体の健康問題を放置すれば死に近づくのと同様に、精神の健康問題を放置することは人生において死に近づく事になります。

 

死を身近に感じることで人生を本気で生きる目標を見つける

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健康的に生きる為に「生きる意味を持つ」というのは精神的な健康につながります。

 

極端な例ですが、窓の無い六畳一間の部屋に閉じ込められているが、栄養バランスの良い食事が与えられ、睡眠もしっかり取れる環境で人生を過ごす事は生きていると言えるでしょうか?

 

人はなにかの目標を持ち、それに対して日々生活を送ることが出来れば生きていくうえで活力となりますが、日々の生活に目標を持たずに惰性的に生きていくというのは少しもったいない事かもしれません。

 

人は時折、死を意識することで生きることの意味を見出します。

 

また、死が身近な存在であることを知ることで生きている価値を知り健康に感謝するということがあります。

 

私の場合は「余命がたった15000日しかない」わけで、なんとなく惰性で過ごす日常を送るたびに15000日という限られた日数を無駄に浪費することになります。

 

人はいつまでも生きていくことは無く、いずれ死ぬものだと気が付くことできれば、惰性的に生きる事で日々を無駄にしていると気が付きます。

 

そうした気付きから「余命がたった15000日しかない」と思うことが出来れば、人生において何か目標を持ち「人生を本気で生きる」行動に移そうという気にもなるものです。

 

最後に

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ここまで自身の余命を知り、人生を本気で生きる為にはどうすれば良いかということについて考えてみました。

 

私の場合、ここ数年の間目標を見失い精神的に不健康で、日々を惰性的に生きていることをうすうす感じており、そうした状況からどうやって抜け出せば良いのか悩み、ただ無駄に過ごす毎日を送っていました。

 

無駄にした日は戻ってきませんが、人生には限りがあり「人生を本気で生きる」ためにも日々無駄なことはせずに目標を持つ必要性について、改めて気が付けたことは良かったと思っています。

 

「自分の残りの人生の日数を知る」というのは自分の死を意識することになり、それをどう受け止めるかは個人によってそれぞれ異なりますが、死を意識することは何かのきっかけになることが多く、そうしたことに意識を向ける考え方について記事にまとめてみました。

 

人生をなんとなく惰性で過ごしていると自覚している方で、現状を打開したいと考えている方は現実的な余命を知り、一度自分の死について向かい合うというのはどうでしょうか。

 

こうした考え方が「人生を本気で生きる」為のきっかけになればと思います。

 

 

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